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小生、野次馬太郎が、小学生くらいだったかな?(歳がバレますね・・)
今陽子率いる「ピンキーとキラーズ」が、連日連夜、TVの歌番組で、「恋は、、♪♪ 私の恋は〜〜〜♪♪」
って歌ってましたね!!
▼恋の季節/ピンキーとキラーズ
▼【CD】決定版今陽子&ピンキーとキラーズ/今陽子とピンキーとキラーズ
若い人は、全然分からないんだろうね、、「ピンキーとキラーズ・・???? 恋の季節・・・・????」 なんのこちゃ??
って、感じかもしれないけど、まあ、当時は、本当に流行ってましたね。
浜崎あゆみと、コブクロあわせたくらい売れてましたね、、(ちょっと例えがズレてますけど・・)
▼ピンキーとキラーズとは
ピンキーとキラーズ(ラテン文字表記:Pinky & Killers)は、1968年から1971年に活動した日本の歌手ユニットである。グループ名のピンキーとは「小指」、キラーズとは「殺し屋」という意味である。愛称は、ピンキラ。
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◆概要
1968年結成のボサノバ・グループ。前年の1967年、15歳で「甘ったれたいの」でビクターレコードからソロ歌手としてデビューした今陽子(ピンキー)がキングレコードに移籍し、男性ボーカル4人ジョージ浜野(ギター、1941年1月1日 - )、エンディー山口(ギター、1945年6月12日 - )、ルイス高野(ベース、1947年1月14日 - )、パンチョ加賀美(ドラムス、1944年2月21日 - )という組み合わせで結成。山高帽(ダービーハット)をトレードマークにしていた。特に、デビュー時のピンキーの山高帽に黒のパンタロンスーツという出で立ちは目を引いた。
デビュー盤『恋の季節』のライナーノーツには『セルジオ・メンデスを目指す新進気鋭のグループ』と書かれていた。
デビュー曲の「恋の季節」(岩谷時子作詞、いずみたく作曲)は発売直後から爆発的ヒットを記録し、オリコンで17週間1位となるミリオンセラーとなり、レコード史に残る驚異の240万枚(キング発表による)を売り上げた。
ピンキーの伸びのある歌唱力抜群のアルトと男声4人の低音の利いたコーラスの対比と振り付け、幼児までも口ずさめるほどわかりやすくそれでいて意味深な歌詞、そしてトレードマークの山高帽の斬新さが大ヒットへとつながり、「日本レコード大賞新人賞」を始め、数々の新人賞を総なめにし、第19回NHK紅白歌合戦では男女混合グループとして初の出場を決めた。また1969年2月、同名映画が彼ら主演のもとに松竹にて製作され、公開される。
その後「涙の季節」などヒット曲はあったが、その後が続かず、1972年2月に今がソロに転向し脱退。
脱退した理由は今陽子が「足手まとい!」とキラーズに暴言を吐いた為である(「情報ライブミヤネ屋」の名言辞典で明らかになった。)。
一方、キラーズは2人組の女性ヴォーカル(ラブリーズ)を加え、ニューキラーズとして再スタートするが、1974年3月、解散する。
今がソロとなった自体で解散とするのか、新たに女性ボーカルを加えてニューキラーズとなった時点で解散とするのか、ニューキラーズの解散をもって解散とするのか、ピンキーとキラーズ自体の解散はいつと言えるのかは見解が分かれるところである。
「ナショナルパナソニックテレビ パナパナ」「ナショナル冷凍冷蔵庫」(松下電器)などのCMに出演し、CMソングを歌っていたこともある。
その後、懐メロ番組(NHK『思い出のメロディー』やテレビ東京『にっぽんの歌』等)への出演のために単発で再結成する事があったが、キラーズは全員がオリジナルメンバーだったかは不詳である。『今陽子とキラーズ』とクレジットされた事もあった。
2008年7月30日、今陽子の脱退以来、実に32年ぶりにオリジナルメンバーでピンキーとキラーズが再結成することになった。今陽子の芸能生活40周年記念のディナーショーにメンバーが集結する形で登場する予定である[1]。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

